
大学の研究室で学んだ「新しい建築計画」の考え方は、私に大きな影響を与えました。建物というのは、実は、設計以前のプランニングや完成後のマネジメントこそが最も重要です。なぜ必要なのか。適正な大きさはどのくらいか。街にとってどんな存在なのか。誰がどう運営していくのか。決まりきった用途の部屋を並べれば施設が出来上がるという考えをゼロから見直し、そこで想定される人の行為まで立ち戻って、必要とされるスペースを複合的に生み出したり、建物が完成してからも空間の使い方の様々な可能性をその利用者と一緒になって考えたり、建築を新しい概念で組み立て直すことを学びました。
大学院を出たあと、多くの同級生が東京へ行きましたが、私は東北に残りました。東北しかも山形で働くというのは当時まだ珍しいことでした。でも、私はそれ以前に地方の設計事務所でインターンを経験していたので、実際に覗いて見て「いろんなチャンスがあるな」と感じていました。自分が学んできたことがここで何かしらモノになるものがあるのではないか、と。地方だから面白い仕事がないなんてことはない、フィールドはちゃんとあるぞ、と思っていたのです。
独立してから手がけた私の仕事に、美術修復士のアトリエ兼住居となっている〈大河原の家〉というのがあります。森みたいな庭に囲まれた古い家を建て替えしたものです。コンクリートの基礎をそのまま大きな土間のアトリエとして生活空間と一体化させ、外の庭と家の内とが繋がるように設計しました。これは、言わば、かつてどの民家にも作業空間として重要な役割を担っていた土間空間を現代的に置き換えたものです。建築家としての私の興味は、かたちを求めるというよりも、素材や文脈を読み替えて空間を柔らかく解きほぐすことに向いているのです。

〈大河原の家〉の外観(上)と内観(下)。
当たり前ですが、その建主さんなりの暮らしがあり、それに合う住まいのかたちがあります。それはひとつとして同じではありません。そうしたときに、建築家としての自分の個性を出すよりも、それぞれの建主さんがもつ個性や暮らしに寄り添った建築設計をめざしたいのです。様々な文脈を読み解き、建築家という立場から建主さんのお手伝いをすることによって、新しいものは生まれるはずです。その積み重ねによって多様なものが地域の中に生まれるだろう、と思うのです。
山形には、歴史の古い技術や素材、手仕事の文化があります。腕の良い、素晴らしい仕事をする職人さんもいます。こうした環境で建築に携われるというのはとても幸運なことです。古いストックが大量にありますし、リノベーションの観点から見れば、面白い空間はまだまだたくさん眠っていますし、その意味では、まるで宝物に出会うような楽しさがこの街にはあるのです。

井上貴詞さん
(建築家・井上貴詞建築設計事務所)
1980年山形生まれ。一級建築士。東北大学大学院工学研究科博士課程前期修了。2005年本間利雄設計事務所+地域環境計画研究室入社。2014年井上貴詞建築設計事務所設立。住宅、集合住宅、店舗、オフィス、ギャラリー、医療福祉施設、文化施設などあらゆる建築物やインテリアの企画・設計・監理を行うほか、都市計画やまちづくりに関するコンサルティング・調査・研究なども行う。そのほか、LCS共同主宰。山形大学、東北芸術工科大学にて非常勤講師。2013年グッドデザイン賞(YAMAMORI PROJECT)、2015年グッドデザイン賞(森の家)、2016年グッドデザイン賞(大河原の家、GLIDE GARAGE)、2019年 JIA東北住宅大賞2018大賞(湯守の旅籠)など受賞多数。
参照記事:reallocal 山形 https://reallocal.jp/44205